気が付くと、霧人様の手が、私の手をぎゅっと握りしめていた。
【霧人】
「さぁ、これからどこに行こうか? 久しぶりに君とお出かけだからね、君の好きな所に連れて行ってあげる」
【綾乃】
「ええとっ……霧人様? どうされたんですか?」
霧人様が急に妙なことを言い出す。普段の高圧的な笑みはどこかへ消え、若干優しい眼差しで私を見てい
る。声色も明らかにいつもと違う。
【霧人】
「どうしたの? 恋人の僕と一緒にいて、楽しくない? ええと……トメ子ちゃん」
【綾乃】
「こ、こいびと……?」
【霧人】
「どうしてそんな顔をするの? 僕たち、付き合って長いじゃないか。トメ子ちゃん」
【綾乃】
(トメ子って誰……!?)
そう訊きたくても、何となく訊きづらい。
【綾乃】
(もしかして、私のことを言ってるの? しかも、付き合って長いって、どういうこと?)
握られた手に、ぎゅっと力が入れられる。『話を合わせろ』とでも言いたげに。
頭の中は混乱しっぱなしだったけど、更に手に力が込められたので、私は何とか話を合わせようとする。
【綾乃】
「あ、あはは……ごめんなさい。久しぶりだから緊張しちゃって……」
【霧人】
「そうか、緊張していただけか。そんな姿も可愛いよ」
【???】
「きゃあぁっ!」
その時、私の背後から、小さな悲鳴が聞こえた。
振り返ると、袴姿にブーツを合わせたお洒落な女学生三人組が、私たちの方を見て目を見開いている。
【女学生A】
「嘘! あれって、華咲家の霧人様じゃない?」
【女学生B】
「霧人様って、恋人がいらっしゃったの? 道理で、この間お渡しした手紙のお返事がない
と思ったわ!」
【女学生C】
「やだ〜、衝撃だわ! 学校の皆にも教えなくちゃ! あの霧人様に恋人よ!! ワタクシ、お近づきになろうと思っていたのに〜」
話の内容から察するに、どうやら霧人様に目を付けていた女学生たちのようだ。
【女学生A】
「でも、どうして、よりにもよってあんな子と? 私の方が美人だわ!」
【女学生B】
「ご覧なさいな、あの着物。田舎くさい安物よ。どんな家柄の子なのかしら?」
【女学生C】
「霧人様は、あの子には随分と優しいのね!? いつもワタクシのこと、虫ケラをみるような目で見てたのに! あんなに優しい瞳で、嗚呼、あの子だけズルいわ〜!」
【女学生C】
「ああでも、勘違いしないでくださいましね! ワタクシ、霧人様の冷たい眼差しも愛しておりますから! いくらでも見下してくださいませ! あッ、鼻血が……」
急に鼻血を吹き出した女学生が、鞄からハンケチを取り出して鼻をつまむ。それでも瞳は星々の光りの様にきらめき、霧人様をうっとりと見つめている。
霧人様の横顔をちらりと見ると、“ゲンナリ”と大きな文字で書いてあるみたいだった。
でも霧人様は、再び優しい笑みを浮かべる。
【霧人】
「さぁトメ子ちゃん、あっちに行こう。もっと静かなところに……ね」
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